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つぶやかないで書いてみる

ブロッコリーに思った

去年から外国産の野菜も買うようになった。

アメリカ産のブロッコリー、タイ産のアスパラ、アメリカ・カナダ産大豆の納豆。それまではメキシコ産のアボカドを買うくらいで、多くの野菜は努めて国産のものを選んでいた。農薬とか遺伝子組み換えとか、体への影響は定かではなが気にはなる。そもそも、はるばる海を越えて持ってこなくてもいいのにと思ったり。大抵は産地不明な外食もまあするし、自炊する時くらいは国内の食材を使おうという気持ちでいた。

 

その気持ちが去年の夏以降変わった。

春に起きた原発事故。「直ちに影響はありません」、繰り返して平静を促す言葉を信じた。冷静にいつも通りの生活をするべきだと、しばらくの間は食材を心配する気などなかった。内部被爆なんて大げさなと思った。しかし、後から後から明るみになる嫌な事実に、色々なことが信じられなくなった。様々なしがらみによって全てを報道できないテレビや新聞のせいで、ネット上には嘘か誠かもわからぬ情報があふれている。

本当に本当に悲しいことだが、もう全てを疑うしかないと思っている。

 

最初から疑うべきだった。最初とは原発事故が起きた日ではない。もっとずっと前、原子力で電気をつくろうと思いついた日のことだ。一般庶民は疑うすべもなかっただろうが、社会全体が原子力にもっと疑たがって掛かるべきだった。自分を含めて皆が無関心過ぎたのではないか。私は東電だけを責められない。

化学は失敗を繰り返して発展するが、核の分野では失敗が許されないのだと言う。そんな危ういものを暮らしのよりどころにしていいはずがない。この地震大国に原発を造る無謀さに、今になって気づかされている。

 

「時間もお金も人力も途方もなくつぎ込んじゃったけど、ここでいったんリセットして、原発無しで考えてみようか」って総理大臣が言ってくれたらいいのに。なんてブロッコリーを見て思った。